なぜ一流の人は自分の部屋にこだわるのか? 八納 啓創


僕は引っ越しが好きだ。2003年にアメリカに行ってから、今まで12年で9回引っ越してる。そして、今10回目の引越先を探しているところだ。

引っ越しが好きな理由は、単純にいろんなところに住んでみたいという動機。独立する時に、好きな時に好きな場所に住めるようになることというのを成功の証として考えていたからかもしれない。

好きな時に好きな場所に住む。うーん、なんて成功者っぽい言葉なんだろう。実際、自分がやってみると、意外な程簡単にできるし、別にそれができたからといって、成功しているのかと言われるとよくわからない。

まあ、いずにしても、好きな場所を選ぶということは結構してきたつもりだ。

ところが、ことその好きな場所で好きな家に住んで、好きな環境をつくれているかと言えば、全然そんなことはなかった。場所は大事だったけど、住む家についてはそれほど大きなこだわりはなかったし、家具についてはもっとこだわりがなかった。

あえて家具にこだわりがあると言うとすれば、これだけ引っ越すので、引っ越し時に捨てられるというのがある。これまで9回の引っ越しの中で家具を持って引っ越しをしたことはほぼない。

そう書くと本当に驚かれるけど、今これを書いている机は1万円もしないし、椅子は3000円くらいだったと思う。

ついでに言えば、ソファベッドは5000円くらいで、そのソファベッドの上で寝袋で寝ている。寝袋はLOGOSの2度のやつでAmazonで5000円もしなかったと思う。なぜ布団を持たないかと言えば、寝袋ならすぐに捨てられるし、コンパクトにたためるから邪魔にならない。

そんな状態で寝て疲れないのか?とも聞かれる。確かに良いホテルに泊まった時はベッドの快適さに驚くけど、それは別世界のものと考えていた。多分皆にとっては寝袋で寝るのはキャンプという非日常だと思うけど、僕にとっては逆ということだ。

ただ、ここのところ家について思うところがなかったわけじゃない。なんとなく今住んでいる家は気に入らない。こんなことを思うのは初めてかもしれない。今まで引っ越しを繰り返しているのは、今住んでいる家が嫌になったからじゃなくて、違うところへ引っ越したいと思ったからだ。

今の家は単純にオフィスから近くて、前の家が少し大きかったから、試しにワンルームにコンパクトに住んでみようと思ったというのが選んだ理由。当初からすごく気に入っていたわけじゃなかった。

今思えば、前の家はすごく気に入っていた。便は悪いところだったけど、良く言えば少し離れた場所にあって隠れ家的で、見える景色は来た人皆が素晴らしいと褒めるようなところだった。でも引っ越した。特に理由もなく。

僕はこれが当たり前のライフスタイルになっていたけど、このことを話すと結構驚かれる。そして、もっと住むということに関して気を使った方がいいと一様に言われる。ベッドはいいものの方がいい、ソファだって、タオルだって良いものを使うだけで意識が変わると。

今までの僕だったら、そう言われてもなんとも思わなかったと思う。でも今回は、タイミングなのかなんなのか、友人たちの言葉が結構響いた。

そんな時、この本を見つけた。今までの僕の価値観とは全然違うことが書かれていた。

住まいを決めることは事業プランを決めることと同じ

えっ、そんなに大事なの!?というか、そんな視点は全然なかった。

住まいを「家族」と考え、何よりも大事にする

そんな風にも考えたこともなかった。家はなんとなく帰る場所だった。

家の使い方を知らないために間違った使い方をして、「住まい」という環境に足を引っ張られています。

今、僕は引っ越したくてたまらない。それは筆者の言う「環境のワナ」にしっかりはまってしまっているからだと思う。

僕はこれまで思い立ったらすぐに引っ越しができる。物を持たない。ということが美徳だと思ってきた。だから、家具はいつでも捨てられる安物、身の回りの道具なんかも捨てても惜しくないものばかりを持っていた。だから、モノに愛着がないから何でも捨てられた。裏を返せばモノを大事にはしていなかった。

もちろん、これまで僕が大事にしてきたミニマリスト的な生き方も大事だし、僕はそっちの方が良いと信じていた。でも、何か満たされないような気持ちになっているのも確かだ。単純に気に入ったモノを持てば変わるのかはわからないけど、少なくとも試してみる価値はあるかなと思うようになったのは、自分にとって大きな変化だ。

今回の引っ越しは自分のビリーフを打ち破る行動をしてみようと思う。家を選び、家具を選び、積極的に環境を作るということを目的に住まいを作ってみる。