ウェブはバカと暇人のもの 中川淳一郎


ここのところネット上の騒ぎについて思うところがあり読んでみた。

中川淳一郎さんと言えば、2012年に出演したTBSの深夜番組「よるべん」が印象的だった。。僕も「よるべん」に出演したのだけど、中川さんの回が前だったか、後ろだったかは覚えてないけど、収録中にずっとビールを飲みながら、すごい適当にやっているような感じでとても癖があるけど、とてもおもしろかった。

出版が2009年ということは、実際に書かれた時期は2008年だろう。7年前ということで、決して新しい情報ではないけど、読んだ感想としては、今も概ね変わっていないんじゃないだろうかということだ。

結局、ネットは誰が騒いでいるのかと言えば、中川さんはこう結論づけている。

ここまでいくつもの例を見てきてお察しのことだとは思うが、ネットにヘビーに書き込む人の像がおぼろげながら見えてきたのではないだろうか?揚げ足取りが大好きで、怒りっぽく、自分と関係ないくせに妙に品行方正で、クレーマー気質、思考停止の脊髄反射ばかりで、異論を認めたがらない… … と、さまざまな特徴があるが、決定的な特徴は「暇人である」ということだ。

当時、ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーという言葉があったかどうかわからないけど、まさに今でいうところのソーシャル・ジャスティス・ウォリアーの特徴だ。そして、何よりも重要であることは暇であるということなのだ。

確かに忙しい人は、基本的にネットを見ている暇がない。見たとしても、忙しかったら、書き込んでいる暇がない。それでもネットに書き込む人はいる。ではなぜ書き込むかと言うと、中川さんは次のように説明する。

何のモチベーションがあってそんなことをするのかを一瞬悩んだものの、結論は「暇だからやっている」としか考えられないのである。

僕もネットサーフィンはするけど、書き込む動機がない。というか、書き込むこと自体を面倒くさいと思っているし、そもそも書き込むような場所ではないと思っている。

・ネットはプロの物書きや企業にとって、もっとも発言に自由度がない場所である
・ネットが自由な発言の場と考えられる人は、失うものがない人だけである

ここのところノイジーマイノリティの言葉を拾いすぎていると思っている。ノイジーマイノリティとは、声高な少数派という意味だ。2チャンネルの元管理人のひろゆきさんは、炎上させる人は1人、もしくはせいぜい数人が絡んでいるに過ぎないと言っている。

もしネットに書き込む人達が暇な人であるならば、その暇人の言っていることをどこまで真に受けなければいけないのかと思う。もちろん少数派の声だって大切だ。でも本当に聞かなければいけないのは、そこの声ではない。

いい加減にこの風潮をやめよう。でないと、本当に生きづらい社会になってしまうよ。