ぼくは猟師になった 千松信也


本書を知ったのは、マンガ「山賊ダイアリー」岡本健太郎著に関連してAmazonでオススメにでてきたからだ。

著者の千松信也さんは1974年生まれということで、僕とほぼ同年代。もともとの原稿は2007年に書かれているということなので、山賊ダイアリーよりはずっと前の話ということだ。

猟師の高年齢化はずいぶんと問題になっているけど、千松さんにしても、岡本さんにしても、同じ世代の人たちが猟師になるという選択をしているというのがとても興味深い。僕にとっては何をきっかけに猟師になったんだろう?というのが一番の興味のポイントだ。

千松さんは子どもの頃から昆虫、魚、動物などが好きで、よく採集していたそうだ。その点は岡本さんも同じことを言っている。

一方、僕はと言えば、カブトムシくらいは触れたけど、昆虫全般が苦手だった。小さい頃は家には文鳥、十四松、池には鯉、金魚がいて、まわりは田んぼだらけという環境。友達はザリガニ釣りをしたり、カエルやトンボをとっていたけど、僕はどれも苦手だった。何となくさわりたくないという気持ちだった。

千松さんは一般的に言えば、少し変わっていると言える人なのかもしれない。京都大学に入れるくらいだから学力は相当なものだったと思うけど、大学は休学してアジアを放浪したり、東ティモールの選挙監視に参加したりと、一般的な大学生がとる道とは違う道を歩んでいる。就職も猟を優先したいからと、猟の先輩がいて、猟に理解のある職場でアルバイトをしながら猟をするという選択をしている。

山賊ダイアリーも読み物としてとてもおもしろいけど、本書には山の様子、解体の様子などの写真があり、よりリアルに見ることができた。

僕はいわゆるジビエ料理が苦手。まあ、そもそも食べる機会もあまりないのだけど。僕は肉が好きだけど、結構肉の臭みには敏感だと思う。だから、肉が好きな割には、あまり焼き肉などに行かないのかもしれない。

山賊ダイアリーでも本書でもイノシシ肉もきちんと処理がされているものは臭みもなくて美味しいと言うのだけれど、残念ながらそれを感じたことがない。ジビエが苦手な僕が食べても美味しい、臭みがないと思えるようであれば、みんな大丈夫だと思う。そういう意味で本当に美味しいのか食べてみたい。

本書が言っているように、肉はあらかじめパックされている状態に慣れていて、僕なんて料理をしないから何らかの料理になっている状態でしか肉に触れていない。

便利さに慣れてしまうと、不便になった時にどうにも対処できなくなってしまうというのは本書を読みながら感じる。日本では災害もあるし、いつ便利さが失われるかわからない。そういう意味で、不便さに慣れる、不便に生きられるようになっておくというのはすごく大切なことなんだなと思う。