仕事の語源


前回の続きで、仕事ってそもそもどういう意味なのか調べてみたところ、語源由来辞典にはこうあった。

しごとの「し」は、「動作」「行為を行う」意味のサ変動詞「す(為)」の連用形「し」で、「ごと」は「事」。本来、しごとは単に「すること」の意味でしかなかった。

「すること」は「すべきこと」でもあり、「すべきこと」は生きていくために働くことでもあるため、「職業」も意味するようになり、やがて「お金を稼ぐために行うこと」「職業」といった意味で「仕事」を用いることが多くなった。

なるほど。仕事と言えば、勤労の義務ということで、国民の三大義務を思い出した。

日本国憲法の「国民の三大義務」と言えば、(1)保護する子女に普通教育を受けさせる義務(26条2項)、(2)勤労の義務(27条1項)、(3)納税の義務(30条)。

今さらだけど、勤労の義務って何となくおかしいなと。納税さえすれば勤労という形をとらなくてもいいんじゃないかと思っていたら、産経ニュースサイトで高崎経済大学教授の八木秀次さんがわかりやすく解説していました。

ちょっと長いけど引用します。引用元:中高生のための国民の憲法講座より

◆「勤労の義務」の理由

この一見して誰も疑問に思わない三大義務ですが、この3つが憲法に規定されているのは、他の国の憲法と比較すると異例のことなのです。義務教育と納税の義務は他の国の憲法も決まって規定しています。問題は勤労の義務の規定です。

実は、現在の我が国のように自由と民主主義に立脚する体制をとる国の憲法に勤労が国民の義務として規定されているのは異例なのです。

勤勉を尊ぶ国民性もあって「勤労の義務」に疑問を持つ人は少ないかもしれません。しかし、自由主義の体制では、納税の義務が規定されればよく、どのように収入を得るかは自由でなければならないからです。

まさにここの部分。納税という目的だけを考えるなら、例えば、金融資産、不動産投資などで得た収入からの納税でも全然構わないわけですよね。あるいは極端な話、誰かからお金をもらい続けて、それを納税してもいいのではないかと。

勤労の義務の規定はもともと社会主義国の憲法に特有のものです。この規定は現在のロシアがまだ社会主義体制であった頃の憲法、1936年のいわゆるスターリン憲法から持ち込まれたものなのです。

スターリンとはロシア革命を起こしたレーニンが亡くなった後にソ連の指導者になった政治家です。そのスターリン憲法(ソビエト社会主義共和国同盟憲法)の第12条に次のような規定があります。

「ソ同盟においては、労働は『働かざる者は食うべからず』の原則によって、労働能力あるすべての市民の義務であり、名誉である」(山ノ内一郎訳、『人権宣言集』岩波文庫)

スターリン憲法の規定が日本国憲法に持ち込まれたのは、一つには鈴木安蔵というマルクス主義を信奉する民間研究者らによる「憲法研究会」が昭和20(1945)年12月26日に発表した「憲法草案要綱」に「国民は労働の義務を有す」と規定され、その影響を受けた日本社会党が第90回帝国議会の衆議院の審議で追加提案した他、憲法の原案を起草したGHQ(連合国軍総司令部)民政局にもベアテ・シロタら社会主義の理解者がいたからです。

こんな基本的なことをよくわからないまま放置していた(汗)。

というわけで、国民の義務としての明示されている勤労を指す言葉を仕事とは言っても、志事とは言わないだろうなと改めて思ったよ。

ちなみに、顔張る、真友の語源については見つけられなかった。誰が言い出したんだろうか。