「怒り」吉田修一


何の予備知識もなく読み始め、「市川の市橋達也事件」をモチーフにしたサスペンスなのかなと思って読み進めていたら、良い意味で全然予想とは違う内容でした。

吉田さんは「怒り」のインタビューの中でこう話しています。

吉田: そもそものきっかけは、千葉の市川で起こった市橋達也の事件です。

——市橋の事件と本書の容疑者・山神の犯行や逃走、捜査過程などに、重なる部分がありましたよね。

吉田: ええ。ただ、事件自体に注目したわけではありませんでした。市橋の逃走中に目撃情報がたくさん出てきましたよね。「もしかしたら市橋を見たかもしれない」「自分の知人かもしれない」と警察に電話をしてくる人たちに、僕は興味がありました。有力な目撃証言ばかりではなかったはずです。彼らは、なぜ殺人犯と会ったかもしれないなどと思ったのだろう、どういう人生を送ってきている人々なのか、と……そこから始まったんです。

出典:http://honto.jp/cp/review/dokushojin/04.htmlより

千葉、新宿、沖縄を舞台で起こる群像劇を通じて、人を信じるということがどういうことなのか、人を受け入れるということがどういうことなのか考えさせられる作品でした。

僕がこの3人と直接的に関わる立場だったとして、何をどこまで信じるのだろうか、あるいは逆に何をもって信じないと思うのだろうか、簡単に答えがでない問題にぶつかって、読後もしばらくは余韻が残っていました。

僕は作品の中でもそれぞれの登場人物がいわゆる社会的弱者であったことが、より印象を強いものにしました。

警察庁生活安全局生活安全課企画課の「平成25年中における行方不明者の状況」によると、平成25年中に届出を受理した行方不明者は83,948 人で前年比+2,837人とのこと。この10年を見てみると、毎年8万〜10万人程度の行方不明者の届出があるようです。結構な数ですね。

行方不明者の数

作品中では、素性を明かせない辛さ、素性がわからないものへの疑心、差別が描かれます。僕はあらゆる差別を心から憎みますが、素性がわからない人に対する理由のない差別というのも本当にやるせないものだなと改めて思いました。

まあ、素性がわからない人のまわりにいる人にしてみれば、それは危険を察知したり、防衛する上でも仕方がないことではあるのですが。

映画も公開されるということなので、映画も楽しみです。

映画「怒り」2016年9月公開