イライラしない人の習慣術:ストイックを目指さない


ストイックなことはいいことだと思われがちです。しかしストイックな人というのも実はイライラしやすい人なのです。

ストイックというのは、自分に対するルールが厳しい、たくさんあるということ。自分の中にこれといって軸がなく、めんどうなことを避けて、自分を律することができず、だらしない生活を続けてしまう人が多いなかでストイックに生きるということはなかなかできないことです。

しかし、普段生活をしていればそのルールを破ってしまうタイミングはいっぱいあると思います。たとえば毎朝ジョギングを欠かさないと決めていても、連日大雨が降って行けなかったとか、間食をしないと決めていても、訪問先で勧められて断れなかったとか、その都度、自分に対してイライラしていると身体の不調や心の病を引き起こす原因にもなりかねません。

ひたむきに生きた結果、他人からストイックだと見られるのはよいと思いますが、ストイックを目的にしてしまうとツラくなってしまうのでほどほどの着地点で折り合いを付けられるとよいですよね。

「中庸」という言葉があります。

論語に、「中庸の徳たるや、それ至れるかな」とあり、これは「適度にバランスよく行動できる人とというのが最高に徳のある人物である」という意味です。古代中国、孔子の時代からバランス感覚の優れた人が最高だとされていたというのは興味深いと思います。

現代に生きる僕たちもこの過不足のない「中庸」な生き方を目指したいところです。しかし、多くの人がだらしなくなるか、むやみにストイックになるかのどちらかに振れているのではないでしょうか。

中庸を目指すために必要ことは、常に「主観」「客観」「事実」の3つの視点を持つことだと僕は思っています。

複数の視点を持つことで、自分の意見だけでなく、さまざまな価値観に耳を傾け、そして物事を俯瞰して見つめることができます。物事を一面的でしか見れないとかたくなになりがちですが、多面的に見ることができるようになると態度も行動も柔軟にすることができます。なんとしても自分のルールを通すことが重要でなくなってくるのです。

先程の論語の一節には続きがあります。「中庸の徳たる、其れ到れるかな。民鮮きこと久し」。つまり「適度にバランスよく行動できる人とというのが最高に徳のある人物である。しかし、最近そのような人物は少なくなった」というのです。古代も現代も中庸でいるというのはとても修行がいることのようです。ですから、すぐにできなくてもイライラせずに気長に自分の感情と付き合っていきましょう。

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