自分と違う意見の人がいて当たり前


ここ数年、よく聞く「ダイバーシティ(Diversity)」という言葉。本来、多様性を意味する言葉ですが、日本では、「社会的マイノリティの活用」という限定的な意味で使われているような気がします。場合によっては「ダイバーシティ=女性活用」と思っている人もいるようです。

そして多くの場合、このダイバーシティは「ワーク・ライフ・バランス」という言葉がセットで語られます。でもこの「ダイバーシティ」と「ワークライフバランス」をセットに僕はどうしても矛盾を感じてしまいます。

「ワークライフバランス」は「仕事と生活の調和」と訳されていますが、要は仕事もプライベートもどちらも重視すべきという価値観のもと、これまで日本人の多くが持っていた仕事にすべてをささげる生き方を見直そうという動きです。

僕が矛盾に感じるのは「ダイバーシティ」を掲げておきながら、プライベートより仕事を重視したいという価値観を多様性の一環としては認めず、排除しようとする傾向があるからです。これまで仕事に使ってきた時間を子育てや家庭のこと、自分の趣味、コミュニティの活動などに充てることを否定するわけではありません。そういうことを重視するのと同様に、「仕事をしていたい!」と思う価値観も同様に否定されるべきではないと思うのです。仕事だって、生活の一部なのですから。

「ワークライフバランス」というひとつの価値観を押し付けることは、ダイバーシティに逆行することになると思います。

では、時間だけバランスがとれていればいいのか。世の中には、仕事が生きがいという人がいます。また、家にいるのがつらくて、仕事をしている方が幸せという人もいます。必ずしもみんながみんな、ワークとライフの時間のバランスをとる必要があるかというとないのです。僕が思うに、本当に必要なのは感情のバランスと思います。仕事と家庭の間で本人や関係者にとって最も感情のバランスが良いものを見つけるというのがワークライフバランスではないのかなと思うのです。

最近、社会から寛容さが失われている。そう感じる事件や出来事が多いなと感じています。そこには、自分の価値観を押し付けたり、違う価値観の人を排除したりする、この社会の強力な同調圧力に原因があるのかもしれません。

もしも、世界に価値観がひとつしかなかったら。僕らの社会は成り立ちません。誰もが同じ職業に就きたがり、嫌われる仕事はだれもやりたがらないからです。誰もが同じ異性を好きなるので、誰も結婚できず、人類は子孫を残せず滅亡するでしょう。

女性活用、LGBT、移民問題……今後、世界はますます「多様化」へと進むでしょう。この流れは歓迎すべきことと思います。様々な国籍、人種、セクシャリティなどの背景を持つ人たちがそれぞれ居心地よく生きていくには、自分を違う考えの人がいていいという前提を作ることが必要なのです。

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